特集 脳卒中後の大腿骨頸部骨折

特集にあたって

 病院・施設では,高齢者の大腿骨頸部骨折は見慣れた疾患となっているが,以前はそれほど患者数は多くなかったように思う.高齢社会を実感する場面ともいえる.大腿骨頸部骨折患者の多くが脳卒中片麻痺者であり,彼らがさらなる障害を負ってしまった様子をみるといろいろと考えさせられる.なぜ起こしたのか,受傷直後の治療方法はベストだったのか,術直後からのリハビリテーション(以下リハ)は行われていたのか,ケアをしてもらう人に恵まれているのだろうか,など思いが馳せる.また,それまでの治療経過に義憤さえ感じることも臨床現場では少なからずある.
 大腿骨頸部骨折患者のリハは,高齢社会では最も期待されている分野の一つであり,受けてたつリハ側にはやり甲斐もあるだろう.脳卒中と骨折という2度の苦しみを体験しているため,骨折前の能力障害がわかっているユーザー(患者・家族)からは,早く元の機能に戻ってほしいという願望とともに,効率的なリハをやってもらいたいという切望がにじみ出ている.一方,現状では初期病院でスタッフや設備が理想的に揃っていることは稀である.そこへ近付けるには一カ所だけのレベル向上では意味がなく,発症初期からの学際的な協力の流れが必要である.折から,日本整形外科学会では帝京大学の松下隆教授を中心に大腿骨頸部骨折治療全般のガイドラインづくりが進んでいる.発症の予防から手術,リハ,家庭・社会復帰までの流れで,キーポイントは手術前後であり,その透明性のある治療体系の開示が重要で,医療経済の観点からもリハはその前後から体系のなかに食い込んでいかなければならない.
 高齢社会は人類未到の現象であり,骨関節疾患の飛躍的増加が予測されている社会でもある.現に高齢化に到達した先進国はもちろんのこと,発展途上国も20年後,30年後にはこの問題に到達するのは必至である.2000年からの10年間は「The Bone and Joint Decade」として,国際的に骨関節疾患患者のQOLを高める目標が掲げられているが,その趣旨はこの疾患による医療経済への深刻な影響を少なくし,その原因や予防,治療法を向上しようとする運動である.極めて国際的,学際的協力を必要とする内容であり,わが国でも関連学会で取り上げられ,市民への啓蒙活動も行われている.この運動で取り上げられている疾患はリウマチ,変形性関節症,交通事故,腰痛症など幅広いが,これらの医療費コストは全医療費の過半数を占め,疾患のために社会へ与える損害も膨大になっている実態がある.
 わが国の大腿骨頸部骨折の発生頻度や医療経済的観点については本文に記載があるが,この医療費だけでも急性期病院では1例あたり200万円を超す勢いである.また,患者のQOLは受傷前に比べてどこまで回復されるのか,そのためにはどんなリハが必要なのかといった具体的方策についての参考文は対象患者の増加に比例して重要となってきている.骨折の間接起因には加齢疾患としての骨粗鬆症があり,転倒しやすい人は再転倒で他側の大腿骨頸部骨折も起こしやすいなど,その予防にも多面的アプローチを必要としている.
 脳卒中と大腿骨頸部骨折は,古くて新しい問題である.本特集がこのテーマに関する疑問のup-to-dateな解答となることを期待している.

(編集委員会)

 

オーバービュー

 猪飼哲夫
 Key Words:脳卒中 大腿骨頸部骨折 転倒 リハビリテーション

内容のポイントQ&A
Q1.  脳卒中後の身体機能特性は?
 脳卒中患者で骨折に関与する身体特性として重要なものは,二次性骨粗鬆症の発生と易転倒性である.
Q2. 片麻痺と骨折は?
 脳卒中患者で転倒すると約5%に骨折が生じる.骨折としては大腿骨頸部骨折,上腕骨近位部骨折,肋骨骨折が多い.片麻痺の大腿骨頸部骨折の9割が麻痺側で,麻痺の軽度な患者に多く,半数が発症から2年以内の骨折である.骨折後の予後は一般の大腿骨頸部骨折患者と大差はないが,退院後移動能力の低下する患者が存在する.
Q3. リハで何が問題になるか,どこに注意すべきか?
 脳卒中患者における転倒率は高いため,予防策の構築や患者・家族への指導が必要である.廃用症候群を予防するためには,早期リハ施行が重要であるが,術後の免荷・部分荷重歩行訓練は困難である.片麻痺の合併があるからといって,リハのゴールを低く設定するべきでない.
Q4. 在院日数,医療経済的な問題は?
 在院日数を長くしないためには,クリニカルパスの利用は有用である.脳卒中後の大腿骨頸部骨折患者の治療・介護に1年間で1,919億円が使われていると推測され,医療経済的にもリハの果たす役割は大きい.


脳卒中と大腿骨頸部骨折治療

 村木重之・山本精三
 Key Words:大腿骨頸部骨折 脳卒中 片麻痺 抗凝固剤 予後

内容のポイントQ&A
Q1. 脳卒中後の骨折の特徴は?
 大腿骨頸部骨折患者のうち,脳卒中による麻痺を合併症としてもつ患者の割合は,男性のほうが多い.また男女とも,麻痺を合併していない大腿骨頸部骨折患者群よりも平均2〜5歳くらい若いことも特徴的である.骨折側は,麻痺側に圧倒的に多い.
Q2. 片麻痺の有無と治療の関係は?
 原則的に,術後も歩行可能と考えられる程度の麻痺であれば,積極的に手術を行う.ただし,脳卒中後は抗凝固薬を服用しているため,服用中止後から約1週間手術を待機する必要があり,その間臥床を強いられる.長期臥床は,肺炎や尿路感染,総腓骨神経麻痺,痴呆の発症のリスクが高くなるため,体位交換を頻繁に行うなどの処置により予防することが非常に重要である.そのためにも,術前の牽引は禁忌と考えられる.また,喀痰の多いケースでは,呼吸リハも積極的に行う必要がある.
Q3. 治療方針選択のポイント?
 原則として,脳卒中の合併のない大腿骨頸部骨折患者と同様であり,積極的に手術を行う.内側骨折では人工骨頭置換術を,外側骨折では骨接合術を行う.
Q4. 周術期の管理は?
 大腿骨頸部骨折(特に外側骨折)では多量の内出血がおこるが,脳卒中後の場合,抗凝固薬を服用しているため,さらに出血量は多くなる.したがって,輸液・輸血管理に十分注意する必要がある.また,抗凝固薬服用中止から約1週間,手術を待機する必要があるが,その間,臥床を強いられるため,肺炎や尿路感染,総腓骨神経麻痺,痴呆の発症に十分注意する必要がある.また,抗凝固薬中止により,脳梗塞のリスクが高まることも留意点の一つである.


リハアプローチの実際

 原田貴子・有田元英・本田哲三・岡島康友・小谷明弘・佐々木 茂
 Key Words:大腿骨頸部骨折 脳卒中片麻痺 歩行能力

内容のポイントQ&A
Q1. 術前のリハ評価・アプローチは?
 片麻痺と関節位置覚障害の有無と程度,半側空間無視,身体失認,失行,痴呆の有無と程度,廃用(健側上下肢)の有無と程度,術前の歩行能力・ADLをチェックする.術前のリハとして両上肢,健側下肢の廃用予防,また仮性痴呆を惹起しないための適度な精神刺激を心がける.
Q2. 術後のリハ内容とその効果は?
 術後のリハ内容は術翌日よりギャッジアップ可とし,2日目より端座位可,2〜5日目にて疼痛に応じてgentleに患肢可動域訓練を施行する.患肢荷重は手術法によって異なるが,1〜3週で全荷重になる例が多い.脳卒中,大腿骨頸部骨折で術前の歩行能力を獲得できるのは多くの報告で5割以上である.
Q3. 各様態(片麻痺の有無,骨折部位・程度,手術法)によるリハの違いは?
 麻痺の重症度は歩行能力低下の絶対的要因とはならないが,非麻痺側を骨折した場合,また関節位置覚障害例では部分荷重の歩行導入は難しい.骨折のタイプよりは内固定の強度によって荷重プログラムは異なる.
Q4. ハイリスク例への対応は?
 頸部骨折を受傷する内的要因には骨粗鬆症の有無,片麻痺や半側空間無視などの身体・認知機能が関与し,外的要因としては家屋や介護環境が関与する.そのため骨粗鬆症に対する薬物・食事コントロール,家屋改造,家族の見守りが重要となる.
Q5. ゴール設定は?
 基本的には受傷前と同じ歩行,ADLレベルを目標として進めるが,加齢,廃用,併存疾患の悪化によってはゴールを低く設定することも検討する.


退院後の在宅リハビリテーション
 −再転倒予防を目指して

 大高洋平・森田光生・里宇明元
 Key Words:脳卒中 大腿骨頸部骨折 転倒予防 家屋評価 介護保険

内容のポイントQ&A
Q1. 在宅でおこりやすい転倒は?
 脳卒中患者の在宅での転倒の多くは,屋内での歩行や移乗動作時にバランスを崩して生じる.また,トイレ動作が関連することが多い.
Q2. 再転倒をおこしやすい患者の特徴は?
 高年齢,低いADLレベル,抑うつ,右大脳半球の梗塞,バランス障害などが在宅脳卒中患者での転倒リスクファクターとして知られている.
Q3. 退院前家屋評価のポイントは?
 実生活空間内での身体機能評価,機能に応じた環境評価を詳細に行った後に,リハプランの修正,および住宅改修を進める.転倒予防などの安全に配慮すると同時に,患者の生活の幅を最大限に拡げ,介護負担を最小にすることを考慮する.
Q4. 再転倒予防のための在宅リハのポイントは?
 除去可能な,転倒リスクファクターを見逃さずに修正することが第一である.骨折が脳卒中の回復段階のどの時期に起こったのかにより,機能的予後の方向性を予測しながら,外来リハ,訪問リハ,通所リハ,自主訓練などを適切に行っていく必要がある.
Q5. 介護保険の利用とリハ医の役割は?
 介護保険でまかなわれる各種サービスが適切な時期に適切に利用されるように,家族,ケアマネジャーなどと密接に連携をとっていく.


米国における脳卒中後の大腿骨頸部骨折とクリニカルパス

 吉田清和
 Key Words:荷重 Hip precaution ナーシングホーム SNF Subacute マネジドケア DRG メディケア