特集 脊髄損傷Update

特集にあたって

 21世紀は再生医学の時代といわれ,さまざまな分野において活発な研究・臨床活動が展開されてきている.なかでも脊髄損傷は大きな神経再生・機能再建へ向けた道程の最も近いものの一つにあげられている.このような状況のなかで,今回の特集で取り上げた課題はいずれも日常臨床医師にとって最先端の試みを展望する格好の基本となるものである.
 脊髄損傷の評価法では,ほぼ日本の学会においてもASIA/IMSOP 1996年国際基準法(日本では通常ASIAと呼ばれている)が定着しつつある.これは,globalizationと正しい意味での国際比較・国内比較ができる時代となっていることの端緒であろう.FIMについてはなお問題を残しているが,QOLについても多くの試みがなされてきている.WHOによるICFなどの新しい保健・医療・福祉活動のパラダイムの提起は大きな論争と方法論のより実践的な課題を提起してくれるであろう.さらに治療法に関しては,特に急性期の手術を含めた論争の現況を概括していただき,主として「整形外科的な」とされる分野に的を絞って再生医学との関連・展望を臨床医の立場から述べていただいた.併存症・合併症の管理をめぐる話題については,古くて新しい課題として,人工呼吸器依存例・呼吸器からの離脱訓練を含めた呼吸管理が詳述されている.褥瘡では日本褥瘡学会の提唱している褥瘡評価のガイドラインDESIGNの実際を中心に保存的治療,手術治療について述べられているが,強調されているのは脊髄損傷者にかかわるスタッフのチームアプローチである.泌尿器系の管理として膀胱管理が間歇導尿法の普及で腎機能障害の低下を防止してきていることは周知のところであろう.その成果のうえに,脊髄損傷者のQOLに多くかかわる勃起障害と性機能障害に焦点をあてて,従来産婦人科の不妊外来が精力的に行ってきた成果を受けて受精・妊娠・出産について詳述していただいた.最後に,最も古くから取り組まれ,現在も発展を続けている排尿管理についてVOCAREシステムを中心に最新の手術的手段を用いた排尿コントロールの実際が述べられている.
 日本においてもEBMに基づいたガイドラインの策定が諸学会において推進されているが,脊髄損傷に関してはまだ日本では出されていない.そこでISCOS日本支部担当の加藤真介先生に,特別寄稿として「アメリカの脳神経外科学会が提起しているガイドライン」を紹介していただいた.あわせて,ISCOSとASIAのHOTな論議や動向を述べていただいている.願わくば日本においても早急に組織的な取り組みが開始されることを祈りたい.

(編集委員会)

 

評価法の最近の話題

 郡司康子・田中宏太佳
 Key Words:脊髄損傷 評価法 機能障害 日常生活動作 QOL

内容のポイントQ&A
Q1. 機能障害の評価法は?
 American Spinal Injury Association(ASIA)の評価基準が,国際パラプレジア医学会(IMSOP)で承認されてから,世界中にこの評価法が広まっている.これは定量的な評価も可能で,用語や評価基準が何年にもわたる改訂でより明確に定義されており,今後世界共通の評価法として,さまざまな研究や臨床の場面で利用される機会が増えることが推測される.
Q2. ADLの評価法は?
 Barthel Index,Functional Independence Measureなどは,脊髄損傷に限らず,リハビリテーション分野で一般的に広く利用されている評価法である.その他,Quadriplegia Index of Function,Spinal Cord Independence Measureなど,脊髄損傷に特異的な評価法も発表されている.
Q3. QOLの評価法は?
 脊髄損傷に特異的なQOL評価尺度として,Life Situation Questionnaire(LSQ),Spinal Cord Injury Quality of Life Questionnaire(SCI QL-23)があげられる.その他,疾患にとらわれずに包括的にQOLを評価する尺度として,Craig Handicap Assessment and Reporting Technique(CHART),Medical Outcome Survey Short Form-36(SF-36)などがあげられる.


治療法の最近の話題

 斉藤正史・塩田匡宣
 Key Words:脊髄損傷 手術療法 保存療法 ステロイド大量療法(MPSS) 神経再生

内容のポイントQ&A
Q1. 手術法の進歩と適応は?
 頸椎・頸髄損傷の手術法は従来の脊椎固定法や除圧法に加え,instrumentation surgeryや後方支持組織を温存するように意図された各種脊柱管拡大術が導入され,治療成績の向上が得られている.
 脊髄損傷に対して神経除圧を目的とする椎弓切除単独の成績は不良であり,後方支持要素の切除は脊椎不安定性を惹起し,麻痺の改善が得られないばかりでなく悪化の要因となる.
Q2. 手術療法と保存療法の比較は?
 EBMの観点から保存療法と手術療法を比較した大規模無作為比較試験を行う必要があると考えられるが,informed consentおよび倫理面から困難な問題を含んでおり,治療方針の標準化は今後の課題である.
Q3. 薬物療法の効果は?
 メチルプレドニゾロン(MPSS)の大量療法は損傷部の浮腫や血管透過性などを抑制することにより二次的な脊髄損傷を防止するとされるが,合併症の増加があり,また運動機能に有意の改善が得られるかについても再検討が必要と考えられる.
Q4. 損傷脊髄再生の現状と展望は?
 従来,ほ乳類の中枢神経は再生しないというのが定説であったが,損傷脊髄に対する末梢神経や胎児脊髄移植が報告され,損傷脊髄の修復が試みられるようになってきた.近年では,神経幹細胞による損傷脊髄再生の試みがなされているが,臨床応用についてはなお解決しなければならない多くの課題がある.


併存症の管理をめぐる話題
 I.人工呼吸管理

 塩原恭介・森下益多朗・神崎浩二
 Key Words:頸髄損傷 人工呼吸管理 合併症 発声 weaning(ウィーニング)


併存症の管理をめぐる話題
 II.褥瘡

 竹内正樹・佐々木健司・野崎幹弘
 Key Words:褥瘡 トータルケア 外用療法 手術療法 皮弁


併存症の管理をめぐる課題
 III.性機能障害

 永松秀樹・牛山武久・道木恭子
 Key Words:脊髄損傷 勃起障害 男子不妊症 妊娠 出産


併存症の管理をめぐる話題
 IV.排尿管理

 堀 智勝
 Key Words:脊髄損傷 膀胱直腸障害 VOCARE system