特集 術前リハビリテーション

特集にあたって

 少し前の話であるが,下肢循環障害に関するワークショップで切断とリハビリテーション(以下リハ)について話をさせていただいた折,血管外科の教授から“術前リハ”という言葉とその内容が新鮮であったとご指摘をいただいた.そのとき私は,「リハは術後に行うもの」という固定観念がまだ存在することに気がつき驚いた.一方,私の病院では,他院での長期入院検査後に手術目的で転院して来られた消化器疾患患者に対し,体力を上げてから手術をしたいといった外科主治医からの術前リハ相談がここ数年増えている.術前リハは教科書や雑誌などではまだあまり取り上げられないような目立たないテーマではあるが,臨床現場ではその重要性を強く認識している医療従事者が結構多いのではないだろうか.本特集は,現在の医療における術前リハの位置付けを整理するという観点から取り上げた.
 術前リハの目的は,その疾患により若干異なるが,大きく3つに分類できると思う.第1は二次的障害の予防であり,大腿骨頸部骨折などにおける廃用症候群の予防がその典型である.これは手術まで全身の安静を強いられる患者に対して,主にベッドサイドで行われる.特に老人の場合には臥床による心肺機能の低下や健常部の機能低下,さらには精神機能の低下のために,手術により元疾患は治療できたとしても全体の機能としては後退してしまうことも多く,その予防のためのリハが必要である.第2の目的は,手術成績や術後機能の向上である.たとえばCOPDを伴う肺がん患者では,術前の呼吸リハにより特に1秒量を向上させておくことが術中術後の合併症を減らすために重要である.また変形性関節症では,関節周囲筋力を強化することで臨床症状が軽減することが知られており,人工関節手術症例でも全体の治療の一貫として術前から関節可動域や筋力を改善させておくことで,手術効果を十分にいかした術後機能の向上をもたらすことが期待できる.第3の目的は,患者への動機づけや心理的影響である.一般に手術後は創痛を伴い患者にとっては大変つらい時期であるため,術後からリハを導入するのでは患者にとって恐怖がある.それに対し術前からリハを導入した場合には,患者はリハの意義や必要性を事前に理解し,またリハ医や訓練士とのラポールがとれたうえで術後のリハに臨むことができるため,術後の訓練導入がスムーズである.また下肢切断を勧められた患者では,自分の足を失うことに対して躊躇と不安をもつものであるが,術前リハとして切断後の機能や生活に対する説明をし,またすでに義足歩行が自立をしている切断患者と交流させることで不安を軽減できる場合もある.
 現在,医療改革が進行しており,各病院では入院期間の短縮が余儀なくされている.予定手術では入院から手術までの時間がとりにくくなっているため,入院前の外来リハでそれを補う工夫が必要になっている.クリニカルパスが各病院で盛んに導入されているが,そのなかに術前リハをしっかりと位置付けておきたい.一部の病院で開始された医療費包括制度では,現時点ではリハ訓練は包括外での算定ができるので,術前リハをうまく利用して術後リハを効率的に実施できれば,結果的に入院期間を短縮して病院の収益にさらに貢献できる可能性もある.一方で,これらの話を展開していくときに,その前提として術前リハのエビデンスを明らかにすることが要求されるようにもなってきている.同一施設内での比較研究は難しく,また短期間での効果をみなくてはならないためか,術前リハ効果に対する研究は少ない.この特集を契機に,術前リハの有効性やそのエビデンスについて,リハ従事者に改めて意識されるようになれば幸いである.

(吉永勝訓/千葉大学医学部附属病院・編集委員会)

 

人工股関節・膝関節置換術前リハ

 千田益生・濱田金紀・堅山佳美
 Key Words:術前リハビリテーション THA(全人口股関節置換術) TKA(全人工膝関節置換術)

内容のポイントQ&A
Q1. 術前リハの目的は?
 患者とのコミュニケーション,術前評価,運動能力の向上,術後早期離床に向けた準備などが目的である.
Q2. 術前リハの評価は?
 全身の合併症の有無,移動能力,筋力,関節可動域,ADL,QOLなどを評価する.痴呆の有無を確認し,可能であればうつ病のチェックなどを行う.
Q3. 術前の患者・家族への説明は?
 リハビリテーション同意書を作成し,リハの効果,リハを受けなかった場合,リハを行うことによる危険性,注意事項を説明したうえで,署名をもらっている.
Q4. 術前の具体的なリハプログラム・訓練は?
 関節可動域訓練,筋力強化訓練,歩行訓練(2本松葉杖),車椅子操作訓練,トランスファー訓練を行っている.
Q5. 術前リハの効果は?
 術前に運動能力を向上させておくことは,DVT発生を減少させる可能性があると考える.また,術後を視野に入れたリハを術前に行うことで,術後のリハが円滑に行える.


高齢者の下肢切断術前リハ

 丸野紀子・三上真弘
 Key Words:高齢下肢切断者 血行障害による下肢切断 廃用症候群 義足装着の適応

内容のポイントQ&A
Q1. 術前リハの目的は?
 義足歩行訓練の適応があるかどうかを検討し,術後のリハプログラムを作成する.
Q2. 術前リハの評価は?
 義足装着制限因子を中心に患者の全体像を把握する.
Q3. 術前の患者・家族への説明は?
 義足装着予定例には,義足作製に必要な具体的情報を提供する.義足装着が困難な症例には,早期退院が目標となる理由を説明する.
Q4. 術前の具体的なリハプログラム・訓練は?
 まず車椅子移動とトイレ自立に向け廃用予防をすすめ,早期離床をめざす.


大腿骨頸部骨折の術前リハ

 石田健司
 Key Words:大腿骨頸部骨折 術前リハビリテーション 廃用症候群 高齢者 併存症

内容のポイントQ&A
Q1. 術前リハの目的は?
 大腿骨頸部骨折のリハビリテーションの目的は,受傷前の日常生活動作を,術後に再獲得させることである.そのためには,早期治療・早期離床が必要であるが,しばしば高齢者には潜在的に何らかの併存疾患が存在し,早期に手術ができないことがある.その際,高齢者に生じやすい廃用症候群を術前リハにより予防しなければならない.
Q2. 術前リハの評価は?
 全身状態の評価,運動機能評価すなわち関節可動域テスト・徒手筋力テスト・ADL能力などの評価を行うとともに生活環境の問診を行い,術後ゴールを予測する.
Q3. 術前の患者・家族への説明(オリエンテーション)は?
 術前評価に基づき,リハビリテーション計画書を作成し,リハプログラムの内容(廃用性の予防の意義・術後訓練方法)を説明し同意を得る.
Q4. 術前の具体的リハプログラム・訓練は?
 大腿骨頸部骨折の機能予後には,下肢筋力が関係し,生命予後には,肺炎の予防が重要である.前者には,下肢筋の廃用性筋萎縮を予防する方法として,大腿四頭筋に対し,積分筋電計を用いた最大筋力の30%以上の等尺性筋力増強訓練を行わせている.後者には,呼気訓練と排痰訓練を指導している.
Q5. 術前リハの効果は?
 リアルタイム積分筋電計を用いた大腿四頭筋等尺性筋力訓練は,訓練の指標を提供でき有用である.術前の呼吸訓練により術後のVC・1秒率は改善した.


開胸開腹術前リハ

 瀬田 拓・大澤智恵子・小川美緒・高田耕太郎・安保雅博
 Key Words:入院前外来指導 リスク評価 患者教育 腹式呼吸 排痰指導

内容のポイントQ&A
Q1. 術前リハの目的は?
 術後の肺合併症予防と早期離床を実現させるために,リスク評価,患者教育,全身調整運動によってリスク軽減を図り,術後のオリエンテーションをする.
Q2. 術前リハの評価は?
 問診や肺機能検査などによる,適切なリスク評価が最重要である.また,評価するだけでなく,評価を患者指導にいかし,リスク軽減に努めなければならない.
Q3. 術前の患者・家族への説明は?
 リスク軽減に術前リハが重要であることを説明し,自宅での十分な自主訓練を促す.また,術後リハに対する誤解や不安を取り除くためのオリエンテーションをする.パンフレットを用いると患者は理解しやすく,自主訓練を導入しやすくなる.
Q4. 術前の具体的なリハプログラム・訓練は?
 手術前に十分な訓練期間が必要なため,外来で訓練を開始することが望ましい.オリエンテーション,呼吸体操(胸郭伸張運動),腹式呼吸,インセンティブ・スパイロメトリー,排痰(huffing)指導,下肢・体幹筋力強化,生活指導,全身調整運動を行う.
Q5. 術前リハの効果は?
 術前リハ介入によって,肺合併症発生率が低下,術後在院日数が減少したとする報告が多いが,エビデンスとしてはまだ不十分である.


咽頭・喉頭・舌癌の術前リハ

 藤本保志
 Key Words:QOL インフォームドコンセント 嚥下障害 口腔咽頭衛生

内容のポイントQ&A
Q1. 術前リハの目的は?
 (1)インフォームドコンセントの一環として,(2)障害の受容あるいは闘病意欲を高め,(3)訓練効果を上げる目的で行う.
Q2. 術前のリハ評価は?
 術後に必要となる訓練項目は障害のない,あるいは障害がまだ軽い術前なら簡単に施行できるものばかりである.嚥下障害の場合はむしろ術前の機能評価が重要である.腫瘍浸潤によりすでに舌下神経麻痺があるときや超高齢者などではすでに誤嚥がみられることがある.その場合はより安全な術式を選択することがある.
Q3. 術前の患者家族への説明は?
 まず,疾患について(癌であること),そして治療法の選択について予測される障害の概要やその予後も含めての理解が必要である.できるだけ具体的に訓練法,代償法,援助について説明する.言語聴覚士,看護師からも説明する.
Q4. 術前の具体的なリハプログラム・訓練は?
 嚥下障害に対しては間接訓練(基礎的訓練)と呼吸パターン訓練の紹介が中心である.気管切開症例などに対しては術後の代替コミュニケーション法の紹介をする.また,口腔咽頭衛生への意識も高める.
Q5. 術前リハの効果は?
 息こらえ嚥下法などの理解が早い.本格的な訓練導入後の経口摂取開始時期の短縮がみられた.術前から術後へ一貫した指導は信頼感を生み,患者は前向きに疾患と向き合うことができる.