特集 神経ブロック

−リハへの臨床応用

特集にあたって

 神経ブロックは,薬剤により末梢神経伝導を遮断する技術であり,疼痛制御あるいは不随意運動制御を目的に行われる.特に後者の痙縮やジストニアの治療は,リハビリテーション(以下リハ)科医に必須の技術であると同時に親和性が高い.その理由として,リハ科医は,第1に機能解剖や運動学に精通し,第2に臨床筋電図検査で筋に針を刺入する機会が多い,第3に適応を判断する際にADLへの効果の視点からみることができる,といったことがあげられる.フェノールなどの神経破壊剤による痙縮の治療は適応を選び,正確に施行すると大きな効果が得られる.けれども,脳卒中後の痙性麻痺に関していえば,筆者の印象として施注の適応例が少なくなっている.これは急性期リハの普及と関連があるかもしれず,歓迎すべきことであるが,初学者が技術を習得する機会が減っているのではないかという危惧もある.一方で冒頭の神経ブロックの定義とははずれるが,ボツリヌストキシンの注射やバクロフェンの持続髄腔内注入などの新たな治療が登場した.本特集では,まずこれらの全体像がリハ医療を学ぶ方々にわかりやすく提示されている.
 さて,問題は疼痛制御である.これは痙縮やジストニアの治療に比べてリハ領域からの取り組みが弱い部分ではなかったか.神経ブロックによる鎮痛はペインクリニック医の独壇場の感がある.けれども,神経ブロックは魔法の杖ではない.特に慢性疼痛への効果に関するエビデンスの構築にリハ医学で用いられる評価や研究手法を応用しようという機運がペインクリニック領域で生まれてきた.またペインクリニック領域から運動器疾患へ,そこからリハ医療へとシフトしてきている医師も少なくないだろう.本特集では,ペインクリニックとリハ医療の両方の関係者が,疼痛と神経をキーワードとして協同していくためのプラットホームを提供している.リハ医療のなかで神経ブロックがどのように位置づけられるのか,神経ブロックと運動療法の併用効果はあるのか,あるいは神経ブロックがADLやQOLにどのような影響を及ぼすかなどが,これから益々活発に議論され研究されていくことと思われる.
 今後は,中枢性疼痛がターゲットになることは必然であろう.硬膜外電極刺激や深部脳電気刺激などは中枢神経ブロックとして位置づけられるかもしれない.視床痛に対する運動野電気刺激の効果や幻肢痛と皮質の可塑性の関連が報告されており,この分野に経頭蓋磁気刺激法が応用されることも考えられる.ここまで書いて,リハ医療がカバーする範囲は広いとつくづく思う.本特集を通して読者諸兄に神経ブロックへの関心を強めていただければ幸いである.また,中枢神経も含めた神経回路に対する物理医学的干渉という枠組みで学際的な研究が発展することに期待したい.

(編集委員会)

オーバービュー

 近藤健男・杉山 謙・出江紳一
 Key Words:

内容のポイントQ&A
Q1. いつ頃から始まり,どのように発展してきたか?
 「疼痛制御」は古代からの医学的な命題であるが,近代麻酔科学的な治療応用は18世紀より始まり,その後,戦争における戦傷者の疼痛制御を目的に発展してきたものと考えられる.「筋肉の痙縮や不随意運動の制御」については歴史が浅く,20世紀後半から本格的な臨床応用が開始され,現在ではボツリヌストキシンの眼瞼痙攣,片側顔面痙攣,斜頸に対しての適応が保険認可されている.しかしながら,この分野においては症状の緩和と原疾患のかかわりから適応認可が慎重になっており,今後さらなる治療適応の検討が必要であると考えられる.
Q2. 効果と注意すべき点は?
 神経ブロック治療は対症療法でありながら多様な疾患にさまざまな治療効果を示す治療法である.しかし,神経ブロック治療は疾患に対する根治的療法ではないという点に留意すべきである.また,特に筋肉の痙縮や不随意運動の制御においては,症状の緩和が原疾患の増悪につながることがないか十分に考慮する必要がある.
Q3. リハにおける位置づけは?
 上肢の疼痛のために松葉杖をにぎれない.このような患者の疼痛を神経ブロック治療で緩和させることで杖の操作性を向上させ歩行距離を伸ばすことが可能であれば,リハ治療として神経ブロックは積極的に行うべきと考えられる.しかしながら,下肢の疼痛に対し神経ブロック治療で疼痛を除去したところ足底潰瘍が悪化し歩行できなくなった.このような事態はリハ治療として絶対に避けなければならないものと考えられる.「症状を緩和させる」,「生態防御反応としての症状を残存させる」,これらにより得られる日常生活機能の向上について十分考慮しながら神経ブロック治療を施行することが,リハにおける神経ブロック治療の重要性と考えられる.
Q4. 最近の研究動向は?
 「疼痛制御」の神経ブロック治療においては,手技と適応疾患はほぼ確立されたと考えてよいものと思われるが,RSDなどの治療においては,今後更なる治療効果が期待される.また,「筋肉の痙縮や不随意運動の制御」では,症状を緩和することで患者のADLを改善することが可能な疾患が多いと考えられ,今後さらなる適応拡大を図ることが重要であると考えられる.


痙縮・ジストニアに対する神経ブロック

 磯山浩孝・眞野行生
 Key Words:フェノールブロック MAB(muscle afferent block) ボツリヌス毒素 痙縮 ジストニア

内容のポイントQ&A
Q1. 使用する薬剤の薬理作用は?
 フェノールは蛋白の変性・凝固作用があり,神経組織を破壊することによって作用する.リドカインは主にg運動神経をブロックする作用をもつ.ボツリヌス毒素は神経筋接合部に結合してアセチルコリン放出を阻害することで筋の麻痺をきたす.
Q2. ブロックの作用機序は?
 いずれの薬剤においても,神経または神経筋接合部に働き,標的とする筋の緊張を緩和させることで異常肢位や不随意運動の軽減が得られる.また,異常肢位や筋緊張亢進状態は痛みを伴うこともあるため,疼痛緩和の目的でも神経ブロックは適応となり得る.
Q3. 部位ごとの注意点は?
 大別すると,顔面では眼瞼下垂や閉眼不能,閉口不全に気をつける.また,美容上の面から施行後皮下血腫を作らないよう気をつけることも重要である.上肢では前腕の指屈伸筋群は小さく同定も難しいため,過量投与による他の筋の麻痺に気をつける.下肢では抗重力筋に対するブロックを行わないよう気をつける.
Q4. 副作用・注意点は?
 薬剤に対するアレルギーや注射の手技自体による副作用は当然考慮する.いずれの薬剤においても過量投与により,思わぬ筋に作用させて治療前とは別の症状が出現することがある.その対策として初回は少量から開始し,効果を確かめながら反復施行する治療計画を立て,患者にもその理解を得ておくことが重要である.


One Point
バクロフェン

 堀 智勝・平 孝臣
 Key Words:バクロフェン 髄腔内投与 ポンプ 留置 痙縮


One Point
ボツリヌストキシン

 正門由久
 Key Words:ボツリヌストキシン 神経ブロック 痙縮 痙性斜頸


有痛性運動器疾患に対する神経ブロック

 保岡正治
 Key Words:有痛性運動器疾患 神経ブロック療法 診療のエビデンス 包括的治療

内容のポイントQ&A
Q1. 疼痛の定義,病態は?
 痛みとは,「組織の実質的あるいは潜在的な傷害に関連する,またはこのような傷害と関連した言語を用いて述べられる不快な感覚・情動的体験である」と定義されている1).
 痛みの病態分類は,侵害受容性疼痛と病態生理学的疼痛に大別される.前者は物理的刺激や組織損傷など,生体にとって有害な刺激を警告として認知する生理的な痛みであり,後者は神経因性疼痛(neuropathic pain)を中心とした,神経系の損傷や機能異常に起因する痛みである.
Q2. 原因疾患と神経ブロックの適応は?
 有痛性運動器疾患として,痛みを伴う筋・骨格系統の疾病,および外傷,術後,血行障害由来の痛みが適応となる.解剖部位別に,頭頸部痛疾患,肩上肢痛疾患,腰下肢痛疾患に分類して適応を決定する.
Q3. 手技と注意点は?
 神経ブロックは生体への穿刺手技であり,何らかの侵襲を伴う.施行するには知識と技術に精通して,「直後の経過を十分観察する・早期に原因ごとの異変に気づく・適切な処置ができる」,一連の対応能力が必須である.
Q4. 効果,治療期間は?
 現時点では,帰結分析に基づく神経ブロックの適切な治療期間や回数に関する結論は出ていない.急性痛は,1回の神経ブロックで軽快する事例を多数経験するが,慢性痛は,神経ブロック単独では十分な効果を期待できない.


One Point
トリガーポイント注射

 森本昌宏
 Key Words:トリガーポイント 局所麻酔 筋筋膜性疼痛 線維筋痛症


One Point
スーパーライザー

 具志堅 隆
 Key Words:スーパーライザー 直線偏光近赤外線 低出力レーザー光線 星状神経節近傍照射 局所脳血流