特集 脳卒中患者の在宅復帰

−復帰難渋例への私たちの工夫

特集にあたって

 高齢社会におけるリハビリテーション(以下リハ)のゴールは在宅復帰であろうが,高齢脳卒中患者の増加にともない,麻痺症状の重症化や痴呆症状の増加という障害者側の事情が激変している.加えて,核家族化という家庭環境や住宅事情の変化があり,在宅復帰困難例が増加傾向にある.また,社会的要請としては保険財政の困窮化による医療・保健施設の在院日数の短縮化,行き着く先の入所施設数の絶対的不足事情などが複合的に混在し,高齢障害者のたどる選択の道が狭き門となっている.在宅復帰へと流れる道をもっと風通しが良いようにできないものか,これこそが,多くの高齢者の願いである.
 リハ領域では,在宅復帰のゴールに向けて,これまでも最優先課題として取り組んできた.今後もますますその方向への努力をはらわなければならない.国も財政的側面重視の政策から脱却し,高齢・障害者のQOLを優先した施策で在宅療養が本人や家族にとってプラスになるような制度を出してもらいたい.
 一方,介護保険制度の導入以降,それ以前と比較して大きな変化が随所にみられることも事実である.介護保険をフルに利用することは,家族に経済的・心理的な安定をもたらし,また障害者の機能維持という面からも,格段の進化があることを実感している.多くの病院・医院では,退院患者の50%以上という最大グループが在宅復帰を果たしているという実態がある(もっとも,維持期リハといわれている施設の退所者はその割合が逆転している).
 症例検討は,臨床医の教育手段としても具体的かつ実践的であり,大変役立つものとして以前から行われてきたが,本特集にもその手法が取り入れられた.今回は,特に在宅復帰が難渋する脳卒中症例として,痴呆合併例,吸引・気切を要する例,独居高齢者例などを取り上げ,困難を抱えながらもそれぞれに工夫して在宅復帰を成功させた事例をご紹介いただいた.その1例1例に,介護保険などの社会資源をうまく利用する術が述べられている.どんな問題点をどのように解決したのか,また医療と介護保険のメニューの組み合わせが想像以上の成果をあげられることもご理解いただけるであろう.これらの事例を参考に,在宅復帰を障害する因子を分析して,もう一度自分たちの在宅復帰プロセスを反省してみたらどうだろうか.きっと良いアイディアが生み出されるであろう.それらを取り入れることで在宅復帰率が上昇すれば,大きな成果だと言えよう.
 高齢者の切なる願いに少しでもこたえてあげたい思いである.

(編集委員会)

オーバービュー
介護保険によりどう変わったか

 浅山 滉
 Key Words:介護保険 在宅復帰 要介護度 介護施設


医学的観察を要する例

 武澤信夫
 Key Words:脳卒中 在宅医療 訪問リハビリテーション 在宅サービス

内容のポイントQ&A
Q1. 施設における在宅復帰の現状は?
 地域の急性期病院として急性期リハを中心にし,在宅復帰率は約55%であった.
Q2. 在宅復帰に向けてどう評価したか?
 重要な評価は,家族・介護者の介護受け入れの状況である.
Q3. 在宅復帰に向けた指導・工夫のポイントは?
 十分な情報の提供,不安感の解消および急変時や必要時の入院受け入れの保証である.
Q4. 社会資源・介護保険をどう利用したか?
 在宅介護支援センター,MSW,訪問看護師と連携して,公的社会資源を中心にあらゆるものを利用する.
Q5. フォローアップはどのように行ったか?
 訪問診察と訪問看護を中心に,地域での連携が重要である.


吸引・気切を要する例

 新藤直子・荒尾敏弘・大達清美・西尾真一
 Key Words:脳卒中 在宅医療 訪問リハビリテーション 在宅サービス

内容のポイントQ&A
Q1. 施設における在宅復帰の現状は?
 リハビリテーション病棟の平均年齢は約65歳,脳梗塞50%,脳出血30%,くも膜下出血10%,平均在院日数90〜100日で,自宅退院60%,リハビリテーション目的の転院10%,療養目的の転院25%.最近2年間の退院患者376例中,気切や頻回の吸引を要した症例は16例あり,5例が在宅復帰をした.
Q2. 在宅復帰に向けてどう評価したか?
 全身状態,障害評価,ならびに介護者の数,健康状態,在宅への意思,介護能力,家屋構造,利用可能な在宅医療,サービスの内容などを評価する.
Q3. 在宅復帰に向けた指導・工夫のポイントは?
 個別の機能的ゴールと在宅を想定した座位耐久性訓練,起居ADL動作訓練,ならびに家族指導.医療的処置の実地指導と必要物品購入へのアドバイスをする.入院中からの訪問医療への情報提供,緊急時対応の取り決めを行う.
Q4. 社会資源・介護保険をどう利用したか?
 ケアプラン作成に早期から積極的にかかわり,退院直後からのスムースなサービス利用につなげる.訪問医療,訪問看護は必須である.家族の負担軽減につながる訪問介護,入浴サービス,家屋改造などを有効利用する.ショートステイは受け入れが少ないので病院との連携も必要である.
Q5. フォローアップはどのように行ったか?
 日常の医学的管理は訪問医療を提供する医療機関に依頼し,外来で定期的にフォローアップする.合併症や高齢化,家族側の要因などにより新たに出現する問題を見逃さず,適切に対応をする.


痴呆を合併している例

 桂 律也
 Key Words:脳卒中 痴呆 回復期リハビリテーション 在宅復帰 介護負担

内容のポイントQ&A
Q1. 施設における在宅復帰の現状は?
 最近数年は,平均在院日数140日強,在宅率70%を維持している.
Q2. 在宅復帰に向けてどう評価したか?
 一般的な身体機能・障害・家族・住環境の評価に加え,在宅復帰に向けて問題となる項目をその原因を含めて評価する.痴呆の症状として慢性化する症状か,意識障害に伴い改善する症状かを鑑別する.
Q3. 在宅復帰に向けた指導・工夫のポイントは?
 治療可能な症状に対する適切な薬物療法,PT・OTなどによる基礎的な身体機能・能力の獲得,看護師による行動療法的アプローチ,家族を含めた退院後のプラン作り,実際の住環境での評価など行う.
Q4. 社会資源・介護保険をどう利用したか?
 利用可能なあらゆる手段を利用して,介護負担の軽減に努めることを介護保険施行前から行っている.
Q5. フォローアップは?
 退院後訪問など,積極的にフォローアップし,退院前のプランの修正を行っている.


介護を要する重症例

 影近謙治
 Key Words:遷延性意識障害 コミュニケーション障害 在宅介護 地域リハビリテーション 訪問リハビリテーション

内容のポイントQ&A
Q1. 当院における在宅復帰の現状は?
 当院の回復期リハビリテーション病棟の脳卒中患者の在宅復帰率は86.4%である.
Q2. 在宅復帰に向けてどう評価したか?
 患者自身の身体障害と介護する家族の介護力,そしてそれをサポートする地域の支援体制を総合的に評価した.
Q3. 在宅復帰に向けた指導・工夫のポイントは?
 頻回な試験外泊や試験外出を行った.また受け入れの地域に対しては,十分な時間的余裕をもって準備に入った.関係職種のケア会議を家族同席で平行して進めることで,より明確な在宅介護のイメージがつかめ家族の自信にもつながった.また同居の家族の生活にも配慮する必要があった.
Q4. 社会資源・介護保険をどう利用したか?
 介護保険の対象でない場合でも,物品を揃えたり環境を整備することは十分可能であるが,ケアマネジャーがおらずに関連スタッフ間のスムーズな連携が必要とされる.
Q5. フォローアップはどのように行ったか?
 多職種がかかわるため,インターネットによる報告や“健康手帳”の作成所持で,常に正確な情報の共有化をはかった.また家族のニーズの変化に対応してリハビリテーションの内容を変更・検討して新たな可能性を探っていった.それにより予後予測以上のコミュニケーション能力の獲得や身体機能の改善が得られている.


独居をせまられる高齢者の例

 松元秀次・堀尾愼彌
 Key Words:高齢者 独居 在宅復帰 住宅改修 社会資源

内容のポイントQ&A
Q1. 施設における在宅復帰の現状は?
 在宅復帰率は,地域差,病床数や施設基準,スタッフ数,併設施設の有無,運営の方法によって各施設により異なることが考えられるが,リハを実践するうえで在宅復帰が1つの大きな目標である.その一方で,在院日数の短縮化や障害の重症度,家庭事情などにより在宅復帰が果たせない症例に直面することも少なくない.
Q2. 在宅復帰に向けてどう評価したか?
 入院初期から患者の家族状況,住宅環境,職業などを掌握し,その後の支援体制を考慮することが重要である.また経過を追って身体の状況や障害の評価,家族の対応をみる必要がある.
Q3. 在宅復帰に向けた指導・工夫のポイントは?
 介護認定には時間を要するため,身体の状態が安定すれば早めに介護保険の申請をすることが望ましい.在宅復帰に向けてのより実践的なリハを行い,家族同伴のもと栄養指導や運動指導,服薬指導を実行する.住宅改修や経済状況にも配慮する.
Q4. 社会資源・介護保険をどう利用したか?
 早期からケアマネジャーと連携を図り,ホームヘルパーや通所リハといった社会資源を活用する必要がある.
Q5. フォローアップはどのように行ったか?
 退院後の医療は,かかりつけ医をもうけてフォローする必要がある.また,緊急時の対策として緊急通報サービスの導入も一考の価値がある.民生委員の訪問やできる範囲での家族の自宅訪問は依頼するようにしている.