特集 がんのフィジカルリハビリテーション

特集にあたって

 現在,がんによる年間死亡者数は30万人,人口の高齢化とともに今後も増え続けることが予測される.その一方で,治療成績が向上し,助かる人も年々増えてきた.現在,男性のがん全体の5年生存率は6割,女性のそれでは7割にも達しており,がんは“不治の病”から“がんと共存する時代”になってきている.このような現状のなか,次に問われているのが患者のQOLである.これまで,がんそのもの,あるいは治療過程において受けた身体的・心理的なダメージには,積極的な対応がされることはほとんどなかった.医療従事者にしても,患者にしても,がんになったのだから仕方がないといった諦めの気持ちが強かったように思う.しかし,“がんと共存する時代”になった現在,家庭復帰,社会復帰を目指して,がんのリハビリテーション(以下リハ)の必要性はますます高まってくるであろう.実際,大学病院や総合病院におけるリハの医療現場でも,障害の軽減,生活能力の改善を目的として治療的介入を行う機会は徐々に多くなってきている.
 手術や放射線・化学療法などのがん治療は,がん患者にさまざまな身体面,肉体面のストレスをもたらすことは言うまでもない.がん治療患者の70%近くが,なんらかの疲労感や運動能力の低下をきたすという報告もある.がんの治療中や治療後には,がんそのものや治療の副作用による痛み,嘔気,全身倦怠感などに,栄養状態の低下,睡眠障害,精神的ストレスによるうつ状態,意欲や発動性の低下などが加わり,フィジカルフィットネスは低下しがちである.また,これらの症状に対して,医療者側も安易に安静を指示してしまうことが多いが,それが廃用症候群を引き起こしてしまうことはリハ従事者であれば周知のとおりである.近年,欧米の論文を中心に,がんの治療中や治療後のフィジカルリハの効能が多く報告されてきている.フィジカルリハによって,筋骨格系・心肺系機能が改善され,日常生活動作が拡大することにより,患者の活動性やQOLの向上にもつながるという報告は多い.さらには,精神心理面への効能や免疫系の賦活化によるがん自身への治療効果や再発予防効果にまで言及した研究もいくつかみられている.
 そこで今回の特集では,オーバービューとして,がん治療におけるリハの必要性について,高度がん専門医療機関におけるがんのリハの活動内容を中心に述べ,次に,がん治療の理解として,放射線・化学療法のup-to-dateを各々の分野のエキスパートである西村哲夫先生,渡邉純一郎先生にわかりやすく解説していただいた.そして,水落和也先生,伊藤倫之先生には,がん治療中・後の体力低下のメカニズムおよびフィジカルリハの内容や効果を示していただいた.最後に,西脇香織先生に文献的考察として,フィジカルリハの効能を体力面のみならず,免疫系や精神心理面への影響も含め,まとめていただいた.
 がんのリハには,さまざまながんの特徴,がん治療の概略,画像の読み方,治療の副作用などがん医療全般の知識が必要とされると同時に,中枢性・末梢性運動麻痺,嚥下障害,浮腫,呼吸障害,骨折,切断,精神心理などの障害に対する幅広いリハの経験と高い専門性が要求される.欧米ではがん治療において,リハは重要な一分野として認識されており,がん関連の教科書にはリハの章が必ずある.一方,わが国ではがん関連の教科書にリハの記載のあるものはほとんどない.また,和雑誌の特集や原著論文もごく限られたものしかないというさびしい状況である.本特集ががんのリハの理解を深める一助になれば幸いである.
 (辻 哲也/静岡県立静岡がんセンターリハビリテーション科・編集委員会)



オーバービュー
がん治療におけるリハビリテーションの必要性

 辻 哲也
 Key Words:多職種チーム医療 高度がん専門医療機関 QOL 化学療法 放射線療法

内容のポイントQ&A
Q1. がん治療におけるリハビリテーションの現状は?
 がん主要部位の5年生存率は着実に改善を示しており,“不治の病”から“がんと共存する時代”になってきている.しかし,わが国ではがんによる身体障害に対して,積極的な対応がされることはほとんどなかった.欧米では,がんのリハが,がん治療の重要な一分野となっているのと好対照である.がん治療の進歩とともに,障害の軽減,生活能力の改善を目的として治療的介入を行う必要性は今後ますます増加することが予想されるだけに,全国の高度がん専門医療機関でのリハ部門が発展することを期待する.
Q2. がんのリハビリテーションの実際は?
 高度がん専門医療機関として初めて,リハ科専門医および複数の療法士から構成される診療科としてリハ科を有する施設となった静岡がんセンターを例にして,高度がん専門医療機関の臨床現場で,実際にがんのリハとしてどのようなことが行われているのか紹介した.
Q3. がんのリハビリテーションの対象と目的
 がん患者は,疼痛,移動・セルフケアの問題,疲労,筋力低下などがんの種類によらない一般的な問題およびがんの種類による特別な問題を有する.これらの問題に対して,二次的障害を予防し,機能や生活能力の維持・改善を目的としてリハ治療を行う.手術後や放射線・化学療法中のがん患者の多くが,疲労感や運動能力の低下をきたすが,それらの症状に対する有酸素運動などのフィジカルリハビリテーションの効能が多く報告されている.フィジカルリハビリテーションによって,筋力,持久力などの筋骨格系機能や心肺系機能が維持,改善され,日常生活動作が拡大することにより,患者の活動性やQOLの向上をもたらす.さらには,倦怠感,疲労といった症状や全般的な精神心理的な問題の減少,免疫系の改善効果によるがんの治療効果,再発予防効果の可能性もあるという.


がん治療の理解
I. 放射線療法

 西村哲夫
 Key Words:放射線療法 正常組織 急性反応 晩期反応

内容のポイントQ&A
Q1. 放射線療法の基本的知識は?
 放射線治療は外部照射装置と小線源治療を用いる.近年は腫瘍に線量を集中させる方法も進歩し,根治的な治療も多く行われる.一方では症状緩和の治療法も重要な役割がある.根治治療と症状緩和治療とでは正常組織の影響に対する考え方も異なり,前者では晩期反応が,後者では急性反応が重視される.
Q2. 放射線の正常組織に対する影響は?
 放射線の正常組織に対する影響は発生時期によって急性反応と晩期反応に分けられる.急性反応は組織透過性の亢進や細胞再生系の細胞の脱落によって発生するが多くは可逆的である.晩期の反応は間質を形成する血管や結合組織の損傷により非可逆的である.
Q3. 急性反応の種類とその対策は?
 全身反応である宿酔や骨髄の影響と局所の反応に分けられる.局所の反応は通常1〜2週後に出現し,照射終了後徐々に消退していくため,その期間中のケアが重要である.
Q4. 晩期反応とその対策は?
 晩期反応は通常半年以降に出現し,治癒することが困難なことが多く,サポーティブケアの役割が重要である.


がん治療の理解
II. 化学療法

 渡邉純一郎
 Key Words:がん化学療法 リハビリテーション 副作用 リスクマネージメント

内容のポイントQ&A
Q1. 化学療法の基本的知識は?
 化学療法とは,「腫瘍細胞を減少させる目的で種々の薬品を投与すること」である.現在では抗がん剤による通常の(狭義の)化学療法に加え,分子生物学的手法の応用による疾患特異的な薬物療法も広義の化学療法に含まれる.化学療法の目的は,(1)治癒,(2)延命,(3)症状緩和が主なものであるが,手術後の再発率低下を意図した(4)術後化学療法,さらに治癒切除率の向上を意図した(5)術前化学療法などがある.
Q2. 副作用とその対策は?
 支持療法の発展に伴い,化学療法の副作用は以前より軽減されつつあるが,やはり患者のperformance status(PS)やADLを低下させている.患者の訴えで最も多いものは悪心・嘔吐であり,最近では末梢神経障害をきたす抗がん剤が頻用されることから,四肢末梢のしびれ感に悩まされる患者も増えている.さらに,抗がん剤の投与方法や支持療法が改善され,患者の予後が改善された反面,慢性の副作用に悩まされる場合もある.
Q3. リスクマネージメント,病状の変化とその対応は?
 化学療法に伴うリスクの多くは予測可能であるが,その程度は個体差が大きい.全身性の治療であることを念頭に置き,年齢やPSに見合った化学療法を選択するだけでなく,化学療法後のフォローアップが肝要である.特に外来化学療法が盛んになっている現在では,患者自身による病状の理解が不可欠であり,患者を中心としたコメディカルスタッフの連携によるチーム医療の必要性が高まっている.


全身体力低下とフィジカルリハビリテーション

 水落和也
 Key Words:悪性腫瘍 体力低下 フィットネストレーニング

内容のポイントQ&A
Q1. がんによる体力低下のメカニズムは?
 腫瘍細胞の代謝が宿主のエネルギー消費を増大させ,宿主のエネルギー効率は低下し健常組織の異化を亢進させる.TNFは食思不振,体力消耗,脂肪異化の亢進,貧血,エネルギー欠如,高脂血症,耐糖能低下などをきたす.治療に伴う体力低下が加わる.
Q2. リハの適応と時期は?
 入院中のリハにより基本的な日常生活活動の制限は解消されたが,疲労感が強く活動が家庭内に制限されている例,復職,趣味の活動など社会参加を行いたいが意欲も体力も十分ではない例で,全身運動に際して医学的問題が少ない例が適応となる.導入時期は入院治療に引き続いた外来通院治療中.
Q3. リスク管理の方法は?
 内科疾患のフィットネストレーニングに準じた呼吸循環系のモニタリング,原疾患に応じた検査結果の把握.
Q4. リハプログラムの具体例は?
 歩行,自転車エルゴメーターなどのリズミカルな有酸素運動種目,訓練時間は1回30分〜60分.頻度は週3〜4回で数カ月継続する.
Q5. リハの効果は?
 体力の向上(最大酸素摂取量の改善),易疲労性の改善,自覚的健康度の改善,活動性の向上,QOLの向上.


外科手術のフィジカルリハビリテーション
−術後リハから術前リハへ

 伊藤倫之・美津島隆・松岡文三・田島文博
 Key Words:detraining 持久能力 術後合併症 下肢伸張運動

内容のポイントQ&A
Q1. 手術による体力への影響は?
 vital organである循環器,呼吸器系の手術の場合,手術の直接的な侵襲の影響とその後強いられるdetraingの影響により筋力や持久能力が低下する.
Q2. リハの適応と時期は?
 術後からでは遅く,手術前,入院前からリハを開始することがふさわしい.
Q3. リスク管理の方法は?
 術前,術後のリハにおいて手術を担当した科の医師と連携をとりリハを行う.特に転移などにより病的骨折などの可能性のある患者に対しては,骨シンチ施行後にリハを行う.
Q4. リハプログラムの具体例は?
 リハ室では,筋力トレーニングやエルゴメータを用いた運動,ベッドサイドでは,自転車のチューブを用いた下肢伸展運動や小型エルゴメータを用いた持久運動を行う.
Q5. リハの効果は?
 術前リハを行ったほうが,ベッドサイドから訓練室に出てくる日数が減少し,リハがスムーズに進行する.


フィジカルリハビリテーションががんに及ぼす影響
−文献考察を中心に

 西脇香織・辻 哲也
 Key Words:フィジカルリハビリテーション がん 免疫 フィジカルフィットネス QOL

内容のポイントQ&A
Q1. がんとフィジカルリハビリテーションの関係・影響は?
 運動にはがんの発症,進展を抑制する効果があると考えられており,特に大腸がんでは,ほとんどの文献で運動習慣がある,もしくは運動量の多い職業で,大腸がんの発生率や死亡率が低いことが示されている.また,がんの治療中・後に,中等度程度の強度の運動量でフィジカルリハの施行をすることは,フィジカルフィットネスの向上,疲労感などの症状の改善,日常生活動作能力(ADL)の向上につながる.
Q2. フィジカルリハビリテーションが免疫系に及ぼす影響は?
 適度な運動は免疫系を賦活化させると考えられており,がん治療中のフィジカルリハは,がんやその治療で低下した免疫機能を早期に立ち上げ,改善させることによって,合併症を減らし,さらには再発やがんの進展を抑制する効果が期待される.
Q3. フィジカルリハビリテーションが精神心理面へ及ぼす影響は?
 がん患者は,その原病や治療による疲労感など身体的な愁訴から,精神心理的ストレスを受け,QOLが低下していることが多い.治療中・後のフィジカルリハにより,フィジカルフィットネスが改善すると,精神心理面やQOLにもより良い効果が得られる.