特集 急性期脳卒中嚥下障害へのチャレンジ

特集にあたって

 脳卒中など中枢神経障害に伴う嚥下障害は多くは自然回復があり,あえてリハビリテーション(以下リハ)の介入を行わなくても経管栄養から離脱できるという意見がある.あるいはSTによる積極的な介入を行うことなく,患者ならびに家族指導だけで嚥下障害による肺炎,脱水,栄養障害などの合併症を予防できるとする報告もある.さらに早期嚥下リハの介入でも長期的な生命予後には差がないとするRCT(randamized control trial)も存在する.しかしQOLの立場からは早期離脱のメリットは図り知れないものがあり,リハ医療,特に脳卒中リハにおいては重要な地位を占めるようになってきている.リハチームによる嚥下障害への積極的な病棟からの介入は,リハスタッフとの交流を通じて神経内科医,脳外科医あるいは看護師への嚥下障害への認識を高め,口腔ケアあるいはチューブの管理方法,あるいは早期off-tubeへの引き金となりうることは数々の臨床の場面で経験されている.その結果として栄養管理が改善し,誤嚥性肺炎の減少とその結果として肺理学療法の適応例の減少につながることも報告されている.嚥下リハへの関心の増大につれて評価も早期にベッドサイドから行われるようになり,水飲みテストや反復唾液嚥下テストなどのスクリーニングテストの精度向上にもつながっている.一方,さまざまな報告により一定期間を経過した重度の嚥下障害患者に対し,経皮的胃瘻増設術(PEG)や間欠的口腔カテーテル法は経鼻経管栄養よりもすぐれていることが示され,いたずらに経管栄養を継続することなく,off-tubeを試み,しかる後に経口摂取を再度試みる戦略も確立されつつある.しかしながら,包括的リハの立場からはあまりに嚥下に気をとられて全身状態の把握が疎かになったり,より優先順位の高い障害へのアプローチを削減することは本末転倒になる.全身の運動機能の改善や認知機能の改善が結果として嚥下機能の改善につながることも珍しくなく,脳卒中の機能障害,能力低下の全体像を把握したうえでの嚥下障害への治療戦略が求められる.
 今回の特集では,嚥下障害のリハで最も頻度が多く,急性期からクリティカルなアプローチが求められる脳卒中を対象に早期経口摂取実現へのチャレンジを各執筆者にお願いした.嚥下というリスクの高い行為には従来の「待ちのリハ」から「攻めのリハ」への転換が求めれている.そして「High Risk, High Return」の考えが定着されつつある.まずベッドサイドからの評価と検査から始まり,看護師を中心としたアプローチが始まる.現在はっきりとした基準がないなかではそれぞれの施設において評価,観察を通しての治療の可否,治療の内容の決断が下されている.今後の早期摂食嚥下療法では,EBMに基づいたガイドラインが必要になってくるだろう.またoff-tube後もさまざまなリスクが存在し,十分なモニターが必要となる.そのために多職種のリハスタッフが参加する包括的リハが重要となる.しかし,一方では種々の試みを行っても経口摂取に至らない重度の嚥下障害患者が存在する.これらの患者に対しては,tube下の訓練の継続とともに,いつからPEGへ移行するかについても考えていかなければならない.わが国は欧米と比べ胃瘻増設の時期が遅れていることが以前から指摘されている.この命題についても臨床各科でコンセンサスを作っていくことが必要となる.また,呼吸の障害あるいは肺炎の頻発により気管切開を余儀なくされた患者にも嚥下訓練は必要であり,全身状態や呼吸状態の改善とともに気管閉鎖を考えなければならない.
 以上の難問に対し,臨床経験の豊富な方々に執筆をお願いした.まだ論文として報告される迄には固まっていない経験的な要素もあることは否めないが,多くの示唆に富んだ試みが示されている.この企画が早期嚥下リハの発展,定着に寄与されれば幸いと考える. (編集委員会)



ベッドサイドから始まるoff-tubeへのチャレンジ

 高橋博達・稲生 綾・藤島一郎
 Key Words:摂食嚥下障害 脳卒中急性期 経管栄養 摂食訓練 間接的嚥下訓練

内容のポイントQ&A
Q1. どのような評価と検査を行うか?
 意識状態を中心とする神経症状の評価,嚥下スクリーニング評価としての水飲みテスト,具体的な嚥下機能評価としてのビデオ嚥下内視鏡検査と嚥下造影を行う.
Q2. ベッドサイドで行う治療法は?
 摂食開始前から行う口腔ケア・間接的嚥下訓練,摂食開始時期に行う摂食体位設定・食形態調整と各種嚥下アプローチ法,摂食開始後に行うチェック,段階的条件アップなどを行う.
Q3. 看護師にはどのような指示を出すのか?
 適切な経管栄養法の実施(tubeの種類・先端位置・注入量/時間など),看護技術としての口腔ケアと間接的嚥下訓練,摂食条件と評価法の徹底,チームアプローチの要としての役割などを指示する.
Q4. Off-tubeの基準は?
 「摂食時間が30分以内で,7割以上摂食が3食以上続いたとき」を目安として,段階的に摂食訓練をステップアップし,経口摂取の目標である摂取エネルギー25 kcal/Kgと摂食量(水分量)は30 ml/Kgが摂取できることがoff-tubeの基準である.


Off-tube後のリスク管理と包括的リハビリテーション

 古川俊明・花山耕三・渡名喜良明・石田 暉
 Key Words:脳卒中急性期 嚥下障害 off-tube後 リスク管理

内容のポイントQ&A
Q1. Off-tube後にどのようなリスクが発生するのか?
 意識障害や全身状態が低下をきたしている可能性が高い急性期では,off-tube後の誤嚥性肺炎,窒息,栄養障害,脱水,全身状態の悪化が問題となる.
Q2. 検査所見からみる治療法の選択は?
 嚥下障害の予後を念頭に置いたうえで,(1)リスク管理や全身状態のモニターのため,(2)治療法ないし管理法のステップアップの可否の判断材料とするために検査が行われる.リスクが予想以上に大きい場合や全身状態の悪化が認められる場合には治療法,管理法の見直しが必要である.また,脳卒中急性期には意識,全身状態など条件が悪いことが多く,ステップアップには慎重さが求められる.
Q3. チームアプローチをどのように行うか?
 主治医,病棟看護師,リハ医,ST,PT,OT,栄養士などがかかわるが,全身状態の変化が起こりやすいので,情報が迅速に伝えられること,訓練の経過・結果が適切に病棟生活に反映されることなどが重要である.
Q4. 離脱後の栄養管理はどのように行うか?
 Off-tube後の栄養管理は,摂取エネルギー量と水分量を主な指標として,その必要量を算出し,確保することによって行う.


重症嚥下障害患者のリハビリテーション

 津田豪太
 Key Words:嚥下内視鏡検査 チームアプローチ 嚥下機能改善手術

内容のポイントQ&A
Q1. 診察・評価をどのように行うのか?
 重症例では患者自身のトランスファーが困難なことや誤嚥の可能性が高いことも多いので,できればベッド上でできる嚥下内視鏡的検査(VEもしくはFEES)が望ましい.それ以外では反復唾液飲みテスト(RSST)や嚥下聴診法,そして摂食状態の観察を頼りにする.
Q2. tube下の嚥下訓練の考え方は?
 経鼻経管チューブの存在は,咽頭知覚の鈍麻や持続感染の温床などいくつかの問題がある.できれば,訓練中は抜去することが望ましいが,再挿管が困難な場合などはなるべく細径のチューブを用いる必要がある.
Q3. チームアプローチはどのように行うか?
 重症になるほど配慮が必要な部分が多くなるので,単一職種のみのアプローチでは限界がある.各々の職種の専門性を尊重したチームでの対応が必要で,なるべく短期間ごとの具体的な目標を設定することが重要である.
Q4. 外科的治療の適応は?
 リハビリテーションに抵抗性を示すような重症例でも,適切な評価があれば手術治療を加えることで劇的な効果が得られることがある.


気管切開患者の嚥下リハビリテーション

 鈴木康司・堀口利之
 Key Words:気管切開術 嚥下障害 気管カニューレ 機能訓練

内容のポイントQ&A
Q1.  診察・評価をどのように行うか?
・気管切開が必要な理由を把握する.適切なカニューレの選択を心がける.
・気管切開自体は嚥下に対して不利な条件であることを把握する.
・適切な気管内吸引ができるよう準備する.
Q2. 気管切開下の嚥下訓練の考え方は?
・基本的には気管切開下では食物を用いた直接的訓練は行わない.
・少なくともカフ付きカニューレのカフを脱気した状態が保たれるまでは,自力で十分に排痰できるように,排痰・呼吸訓練を先行させる.
・間接的訓練のみでは摂食という目的を達成することは極めて難しいため,段階的に直接的訓練への移行を考慮する.
Q3. 気管閉鎖の基準は?
・耳鼻咽喉科医などの気道管理に長けた専門医の意見を聞き,基本的には段階的に行う.


■特別寄稿

誤嚥性肺炎の予防と治療

 関沢清久
 Key Words:不顕性誤嚥 嫌気性菌 混合感染 口腔ケア ADL