特集 頭部外傷治療Update

特集にあたって

 頭部外傷への挑戦はリハビリテーション(以下リハ)医学の重要な課題である.本誌では,7巻2号の特集で「頭部外傷リハビリテーションUpdate」を取り上げた.そこでは運動機能,認知機能の障害とならんで行動・人格障害,復学・復職へのアプローチについて解説していただいた.その後,米国に倣った全国ネットのデータバンクの取組みがわが国でも開始されるようになったが,リハに関してはいまだ態勢は整っていない感がある.
 一方,救急救命センターや脳神経外科領域において頭部外傷データバンクが検討され,重症頭部外傷症例について大規模なデータが公表されるに至っている.それに伴って,頭部外傷治療・管理のガイドラインも洗練されつつある.リハ医療は後療法でなく,疾病の発生と同時に障害の管理と回復を目指すものであり,こうした急性期管理に関する最新情報に基づき,実施される必要がある.そこで,本特集では頭部外傷治療そのものを取り上げ,わが国の最新情報をご紹介いただいた.
 頭部外傷の原因としては交通事故が最も多く,ついで転倒・転落事故で,わが国ではこの両者で大半が占められる.しかし,その重症度に関しては軽重さまざまで,取り上げられない軽微な症例数の推定は困難である.重症例では事故が原因となることから頭頸部だけでなく四肢を含めた多発骨折や多臓器損傷を合併する例が多い.そのなかで長期的なリハの観点から最も重大なものは脳損傷である.したがって,近年は外傷性脳損傷traumatic brain injuryとして頭部外傷を論じることが多い.わが国では脳外傷という用語も使用される.
 リハに関しては,脳損傷の代表的疾患である脳卒中に比し,病変の多巣性と若年者に多いことに関連した課題が特徴的である.運動障害に関しては,片麻痺に限らないが,脳卒中,脳性麻痺,脊髄損傷,パーキンソン病など他に準拠すべきアプローチのモデルがあり,若年者では改善の可能性も大きい.しかし,高次脳機能障害は認知リハとして取組みは活発化しているが,局所病変による症状とは様相を異にする.その成果はどのような段階にあるか,最も取組みの進んだ米国の現状についてBen-Yishay教授らにご寄稿いただいた.
 わが国の現状については数多くの課題が指摘されているが,若年者に多いことから就学や就業が大切な目標となる.しかし,復学,復職の困難さだけでなく,一度はそれを達成した後に精神障害を発症する,あるいは顕在化する例も多い.とくに行動異常や人格障害として取り上げられる精神障害に関する考察が大切である.それは,急性期治療から回復期のリハ施行を経て社会統合に至る時系列でコーピング技能を高めるための,一貫した適切なマネジメントを必要とする障害である.
 頭部外傷のリハにかかわるリハ科専門医と専門職は,急性期の管理や治療に関する知識を深め,救急救命の医療現場と密接に連携して早期からリハを計画し,介入することが求められている.(編集委員会)



外傷性脳損傷のリハビリテーション
−わが国の現状と課題

 江藤文夫
 Key Words:外傷性脳損傷 リハビリテーション 認知障害 精神障害 援助付雇用


頭部外傷の疫学
−データバンクが示すこと

 土肥謙二・有賀 徹・中村紀夫
 Key Words:頭部外傷 疫学 交通事故 意識清明期 治療

内容のポイントQ&A
Q1. わが国における頭部外傷の疫学は?
 いままでわが国においては頭部外傷の全国規模の調査は行われていなかった.2002年,わが国初の頭部外傷の大規模な疫学調査である頭部外傷データバンクが発表された.
Q2. 頭部外傷のデータバンクの対象と内容は?
 頭部外傷データバンクは1998年から2000年までの3年間,日本全国の二次〜三次救急施設10施設が参加して721例の重症頭部外傷症例についてデータ集積と分析が行われた.その内容は患者背景,各種所見,治療,予後など392項目に及ぶ.
Q3. データバンクが示す課題は?
 2001年日本神経外傷学会から「重症頭部外傷治療・管理のガイドライン」が出版され,さらに2002年Japan Advanced Trauma Evaluation and Care(JATEC)による「外傷初期診療ガイドライン」が出版された.今後,本データバンクのデータをもとに,よりわが国の重症頭部外傷の現状に見合ったガイドラインに改訂していくことが必要である.本データバンクでは施設間による治療法や地域間に相違も認められた.今後は本データバンクの結果をふまえ,より絞り込んだ目的に沿った研究の継続が必要と考えられた.


頭部外傷治療・管理のガイドラインのポイント

 森本一弥・重森 稔・刈茅 崇
 Key Words:頭部外傷 evidence-based medicine ガイドライン 高次脳機能障害

内容のポイントQ&A
Q1. 頭部外傷治療の現状は?
 モニタリングなどの進歩により急性期の病態について新しい知見が得られているが,治療・管理法については各施設で必ずしも一様ではない.
Q2. (国内外での)治療ガイドライン策定の状況は?
 治療・管理の質や成績の向上を目的に1990年代に欧米でガイドラインが作成され,わが国でも2000年に日本神経外傷学会より「重症頭部外傷治療・管理のガイドライン」が発表された.
Q3. 治療をめぐる主なcontroversyは?
 外減圧術,過換気療法,ステロイド剤,抗てんかん薬の使用や脳灌流圧の目標値などについては意見が分かれている.低体温(脳低温)療法やバルビツレート療法,さらに減圧開頭術の効果についても現時点ではエビデンスが乏しい.
Q4. リハにおける治療のポイントは?
 頭部外傷患者の社会復帰に際し問題となるのは,身体障害よりも認知障害や人格・行動異常などの高次脳機能障害であることが多い.このことを理解したうえでのリハが必要となる.したがって医療・福祉の両面からの社会的支援システムの構築が望まれる.


頭蓋内圧亢進の治療法

 遠藤昌孝
 Key Words:重症頭部外傷 頭蓋内圧 頭蓋内圧測定 頭蓋内圧亢進

内容のポイントQ&A
Q1. 頭蓋内圧亢進の治療法の選択,適応と効果は?
 頭蓋内圧(ICP)亢進はさまざまな頭蓋内病変によって生じる病態であるので,それぞれにあった対策を考える必要がある.頭蓋内血腫は速やかに除去される(開頭減圧術)必要がある.水頭症では脳室ドレナージが第一選択となる.ICP亢進を予防するためには全身管理が重要である.低血圧・低酸素血症・貧血・高血糖・高体温・脱水を避け,十分な脳循環を維持させるために脳灌流圧を高めに維持させる必要がある.脳血管が拡張し脳血液量が増大している場合は過呼吸療法の適応となる.脳浮腫に対しては高浸透圧利尿剤が適応となる.
 治療法で脳保護効果の期待ができるのは,バルビツレート療法と脳低温療法である.
Q2. 各治療法の具体的な方法と想定されるリスクは?
 頭位挙上は脳灌流圧・脳血流が低下しないように注意する.高浸透圧利尿剤は,持続効果が少ないため反復投与が必要になり,電解質異常・脱水・高浸透圧血症・急性尿細管壊死・リバウンド現象などが問題となる.過呼吸療法は脳虚血を悪化させる危険性がある.バルビツレート療法は低血圧が問題となる.低体温の脳保護効果は実験的には明らかであるが,臨床的な適応は明確ではない.しかしICP下降作用は臨床的に確認されている.心機能抑制・脱水・血小板減少・低カリウム血症・免疫能低下による易感染性が問題となる.
Q3. 救急科・脳神経外科との連携のためにリハ医が知っておくべきポイントは?
 リハ医が急性期の頭部外傷にかかわる場合は,病状に関して救急科・脳神経外科医と共通の理解がなされなければならない.


Current approaches to neuropsychological
rehabilitation in the USAによせて

 水落和也


Current approaches to neuropsychological rehabilitation in the USA

 Yehuda Ben-Yishay・Leonard Diller
 Key Words:Remediation Holistic Optimizing functional life