特集 筋力トレーニング

−最新のエビデンスからみた新たな展開

特集にあたって

 筋力トレーニングは,関節可動域訓練と並んで,リハビリテーション(以下リハ)において最も基本的かつ重要な運動療法のひとつである.DeLorme以降,1950年代,1960年代に訓練量の変数(セット,繰り返し回数,頻度,強度,休憩時間)を操作してその効果を評価する研究が行われ,漸増抵抗運動(progressive resistive exercise)と呼ばれる多くのプロトコールが発表された(DeLorme,Watkinsの方法,McMorris,Elkinsの方法,McGovern,Luscombeの方法など).これらの運動方法は,整形外科的疾患を中心に多くの成果をもたらし,今日の筋力トレーニング法の基礎が築かれた.
 ところが,1970年代に,心血管疾患の予防における好気的運動の有用性が広く認識されるようになると,抵抗運動に対する関心が急速に薄れていき,1978年に発表されたAmerican College of Sports Medicine(ACSM)の声明においては,トレーニングの主体は心肺系フィットネスと体組成の改善におかれ,抵抗運動は取り上げられなかった.
 その後,1980年初頭に抵抗運動の機能的能力やさまざまな健康指標(骨の健康,基礎代謝,体重コントロール,腰痛予防など)に対する価値が認識されるようになり,それらの知見をふまえて,今日の主なトレーニングガイドラインでは,運動プログラムに抵抗運動を含めることが推奨されている[1995 American Heart Association(AHA)Exercise Standards, 1995 American Association of Cardiovascular and Pulmonary Rehabilitation(AACVPR)Guidelines, 1996 Surgeon General’s Report,1998 ACSM Position Standなど].
 このように関連領域では,筋力トレーニングが単に筋力の増強だけでなく,さまざまな全身的効果があることが注目されるなかで,リハの分野では,やはり現在でも筋力トレーニングの主な対象は整形外科的疾患および神経筋疾患であり,トレーニング方法に関してもDeLorme以降,大きな進歩がみられていない.このような状況の中で,リハの立場から自らの重要な治療手技である筋力トレーニングを見直し,新たな位置づけを行うことは焦眉の課題である.そこで,本特集では,最新のエビデンスをもとに筋力トレーニング処方の最新の考え方とこれまでリハ領域で取り上げられることが少なかった高齢者,呼吸器疾患,心疾患,代謝性疾患における新たな展開について解説し,今後のリハ分野における取り組みや研究を促すことを目的とした.筋力トレーニングという古くて新しいテーマに新たな光があたることを期待したい.
(編集委員会)



筋力トレーニングの処方

 渡邉 修・米本恭三
 Key Words:筋力トレーニング ガイドライン 抵抗運動 持久力運動

内容のポイントQ&A
Q1. 処方に必要な要素は?
 筋力トレーニングを構成する基本的要素は,(1)トレーニングの頻度,(2)トレーニングの全体量(セット数×繰り返し回数×強度),(3)トレーニングの際の筋の収縮形式,(4)トレーニング方法(機器/フリーウエイトトレーニング),(5)セット間の休息時間である.これらを各症例の身体能力,リスク管理のもと,明確な目的のもとで処方する.
Q2. 基本原則は?
 筋力トレーニングを効果的に施行するには,過負荷の原則,特異性の原則,多様な運動プログラム(periodization)を考慮する必要がある.通常の運動以上の負荷がかからなければ,筋力や持久力の増強はなく,運動効果はその訓練スタイルでのみ認められる.慢性化や過剰な負荷を避けるために,多様な運動プログラムの導入が効果的である.
Q3. 抵抗運動のガイドラインは?
 米国における各協会(ACSM,AHA,AACVPR)や米国厚生省内の公衆衛生局(Surgeon General)の勧告をまとめると,抵抗運動には,週に2〜3回の頻度で,1回1セットを8〜12回(8〜12RPM)程度の運動強度で行うことが勧められる.運動種目は8〜10種ほどあることが望ましい.中等度の強度(8〜12RM)をもつ抵抗運動が,全身の健康に対し有効であるという点は共通している.
Q4. 抵抗運動と持久力運動の干渉とは?
 抵抗運動と持久力運動は運動の様式が異なる.それらを同時に行った場合,持久力運動で得られない筋力増強効果が抵抗運動を追加することで可能となり,組織学的変化も確認されている.このように,抵抗運動と持久力運動は互いに干渉することなく独立した効果を生む.


高齢者における筋力トレーニング

 江口 清
 Key Words:筋力強化 低い強度の抵抗運動 速筋線維 筋肥大

内容のポイントQ&A
Q1. 加齢に伴う骨格筋機能の変化は?
 30歳代から筋力は低下し始め,筋線維総数も減少する.type1(遅筋)線維数とtype2(速筋)線維数の比率は変化しないが,type2線維が優位に萎縮する.しかし,高齢者でもトレーニングにより筋肥大を伴う筋力強化は可能である.
Q2. 高齢者リハにおける筋力トレーニングの位置付けは?
 運動療法の内容として近年になり重視されるようになったが,持久力トレーニングと合わせて行うことが望ましい.筋力トレーニングのための抵抗刺激が,神経系を含めた賦活効果をもたらしている可能性もある.
Q3. 筋力トレーニングの方法と注意点は?
 一般の筋力トレーニング,および低い強度の抵抗運動による方法を紹介する.抵抗としては弱くても休息時間の短縮により効果を高められ,運動の速度によっても負荷としての強度を調節できる可能性がある.運動全体としてはストレッチを含むウォームアップとクールダウンを挟んで行う.
Q4. 筋力トレーニングの効果は?
 筋力の増強とともに筋肥大は徐脂肪体重を増加させ,心肺機能や代謝面の改善効果もある.歩行が早くなり,安定性が増して,転倒の危険が減少することが期待される.


呼吸器疾患における筋力トレーニング

 山田 深・里宇明元
 Key Words:呼吸リハビリテーション 筋力トレーニング 慢性呼吸不全 骨格筋

内容のポイントQ&A
Q1. 呼吸不全による骨格筋機能障害の病態は?
 慢性呼吸不全患者では骨格筋機能障害が認められ,健常人と比べ最大筋力はおよそ20〜30%減少している.
Q2. 呼吸リハにおける筋力トレーニングの位置づけは?
 慢性呼吸不全患者においてもトレーニングにより筋力を改善させ,運動耐容能やQOLの改善につなげることが可能であることが示されつつあるが,エビデンスはまだ不十分である.
Q3. 筋力トレーニング方法と注意点は?
 トレーニング方法において確立されたプロトコールは存在しないが,健常人や心疾患患者におけるガイドラインが参考となる.心肺系への過負荷のみならず,筋骨格系についても安全面の配慮が必要である.
Q4. 筋力トレーニングの効果は?
 筋力トレーニングによって筋力が改善しうることは明らかになっているが,筋力の改善が運動耐容能,QOLに及ぼす効果については長期的なフォローに含めた検証と生理学的な裏付けが必要である.


心疾患における筋力トレーニング

 近藤健男・出江紳一
 Key Words:心不全 運動療法 筋萎縮 浮腫 酸素運搬能

内容のポイントQ&A
Q1. 心疾患における骨格筋機能障害の病態は?
 廃用性筋萎縮が病像の主体であるが,それに伴う末梢の浮腫形成が無酸素性作業閾値の低下など病像を修飾している.しかしながら,この廃用性筋力低下による末梢の浮腫形成が心不全に対する生体防御反応のひとつであることも十分配慮しなければならない.
Q2. 循環器リハにおける筋力トレーニングの位置付けは?
 心不全における末梢の病態像を考慮すると,筋力トレーニングは廃用の予防や改善といった面だけではなく,心不全治療の一貫として施行されるべきである.さらに,末梢の浮腫軽減を目的としたトレーニングと,筋力増強を目的としたトレーニングは異なった治療概念として位置付け,処方する必要があるものと考えられる.
Q3. 筋力トレーニングの方法と注意点は?
 廃用により低下した筋力を改善することのみを目的とするのではなく,末梢の浮腫の改善が全身的にどのような効果をもたらすか十分検討したうえでの筋力トレーニングの施行が必要である.また,心不全の病態を考え,浮腫の改善が逆に全身にどのような不利益を与えるかについても十分考慮することが注意点であると考えられる.
Q4. 筋力トレーニングの効果は?
 以上のような観点から,心不全における筋力トレーニングの効果は廃用改善といった面からだけではなく心不全全体の治療効果から評価されるべきであり,その適応についても今後さらなる検討が必要であると考えられる.

One Point

筋力トレーニングの代謝系への効果

 原田 卓
 Key Words:運動トレーニング 代謝的影響 インスリン感受性 脂質代謝