特集 急性期からの呼吸リハビリテーション

特集にあたって

 近年,呼吸リハビリテーション(以下リハ)に対する関心が非常に高まっており,各雑誌で特集が組まれたり,各地で講習会が開催される機会が増えている.特に慢性閉塞性肺疾患(COPD)に対する包括的呼吸リハは,プログラムガイドラインも作成され,十分な科学的根拠のもとに,本疾患に対する重要な治療手段のひとつとして位置づけられるようになりつつある.
 一方,医療の高度化,在院日数短縮の流れのなかで,急性期からの呼吸リハに対するニーズも高まりつつあり,リハ科の関与が求められる機会も多くなっている.急性期から呼吸リハの介入が必要となりうる病態には,COPDの急性増悪,急性肺炎,ギラン・バレー症候群,重症筋無力症,頸髄損傷,開胸・開腹術後,NICUにおける呼吸の問題などがある.このように対象となる疾患や病態が多岐にわたるため,慢性期のようにリハプログラムを規準化しにくく,臨床の現場ではまだ試行錯誤的な取り組みが行われている場面も少なくないと思われる.
 そこで,本特集では対応を求められる機会が比較的多いと思われる病態を取り上げ,各分野のエキスパートにそれぞれの病態とリハを行ううえでの問題点,評価のポイント,リハ処方の実際とリスク管理,および効果判定のポイントなどについて解説していただいた.さらに実際の症例を紹介していただき,読者が臨場感を感じながら実用的なノウハウを吸収する一助とした.
 急性期からの呼吸リハは,以下の点に留意しながら進めていく必要がある.(1)主治医,病棟スタッフと密接な連絡をとりながら,呼吸障害の原疾患およびリハを行ううえで問題となる併存疾患の病態,リスクを十分に評価する.(2)多くの場合,人工呼吸器による管理が行われており,その制約下でリハを行う工夫が必要となる.(3)治療用ルートが何カ所も確保されていたり,心電図,血圧,呼吸,経皮的酸素飽和度などさまざまなモニター機器が装着されていることが多く,リハを行う際に配慮が必要となる.(4)鎮静剤が使用されていることが多く,指示に十分従えない場合がある.(5)当初は,ベッドサイドでのリハが中心になるので,リハスタッフのみならず,看護スタッフの果たす役割が大きい.(6)訓練中の十分なリスク管理が不可欠となる.(7)病態が刻々と変化しうるので,頻繁に状態をチェックし,タイムリーに処方内容を更新することが必要となる.(8) ADL,IADLの向上を図るためには,呼吸器からの離脱が重要な課題となる.
 以上をふまえたうえで,リハの立場から急性期の呼吸リハに果敢に取り組んでいくことが求められるが,急性期からの呼吸リハにより,どのような効果が得られるのであろうか.この方面の研究はまだ限られているが,急性呼吸不全をきたしたCOPDに対する早期からの介入効果をランダム化比較試験(RCT)によって検証した研究(Nava S.:Arch Phys Med Rehabil 79:849-54, 1998)や,術前術後の呼吸リハ介入の効果に関するRCT(Fagevig Olsen M et al.:Br J Surg 84:1535-1538, 1997)などが報告されている.
 今後,介入内容(可動域訓練,呼吸法訓練,体位排痰,呼吸筋トレーニング,四肢筋トレーニング,段階的離床,セルフケア訓練,歩行訓練など),および効果判定尺度(合併症の頻度,臥床期間,歩行可能となるまでの期間,在院日数,活動レベルなど)を整理したうえで,質の高い研究デザインにより,急性期からの呼吸リハの効果を検証していく必要があろう.  (編集委員会)

 



COPDの急性増悪
 黒澤 一・上月正博
 Key Words:感染 呼吸困難 廃用 ADL訓練 リスク管理

内容のポイントQ&A
Q1. 病態とリハ上の問題点は?
 呼吸器感染,タバコ煙などの環境有害物質吸入,気胸,心不全などを契機として呼吸状態の悪化を招いた状態.呼吸困難の増悪,喀痰量の増加,膿性痰などが判断のポイントになる.
 高熱があったり呼吸循環のバイタルサインが短時間の間で不安定であったりする場合には,リハを行わない.リハは,動脈血酸素飽和度,脈拍,息切れの程度をモニターしながら実施する.心不全を合併している場合には循環諸指標にも十分注意する.
Q2. 評価のポイントは?
 全身状態,息切れなどの呼吸状態,四肢の状態について評価を行う.呼吸状態の評価は,SpO2または血液ガスデータのほか,安静時の息切れの有無,労作による息切れの発生状況,呼吸パターン,呼吸運動パターンなどがポイントとなる.臥位から座位,立位などに移行する際のSpO2,心拍数の変動に注意する.
Q3. リハ処方の実際とリスク管理は?
 排痰および呼吸介助などの肺理学療法は急性期でも適応になる場合がある.呼吸困難の極期が明らかに過ぎた時点から離床にむけたリハの開始を検討する.長くレスピレーター管理をする際などは,良肢位の保持および四肢の関節可動域訓練を怠らないようにする.
 リスク管理としては,バイタルサインをモニターすること,酸素吸入やNIPPVなどの機器の設定の確認とトラブル防止に努力する.
Q4. 効果判定は?
 息切れの改善と運動能の改善を主なポイントと考える.6 MDの改善,ADL能力あるいは各ADL遂行時の息切れ改善などが重要である.



誤嚥性肺炎
 寺本信嗣
 Key Words:不顕性誤嚥 簡易嚥下誘発テスト東大法 びまん性嚥下性細気管支炎 経皮経食道胃管挿入術(PTEG)アンジオテンシン変換酵素阻害剤(ACE阻害剤)

内容のポイントQ&A
Q1. 病態とリハ上の問題点は?
 高齢者の肺炎の多くが誤嚥性肺炎である.栄養状態の悪化,意識レベルの低下,呼吸パターンの悪化などが誤嚥を悪化させる.誤嚥性肺炎は抗生剤投与のみでは完治しないため,呼吸リハが重要となる.
Q2. 評価のポイントは?
 嚥下機能評価,障害程度の評価などには嚥下造影が優れている.簡易嚥下誘発テスト(東大法)は,ベッドサイドで行うことができる,簡便で特異度の高い検査法である.
Q3. リハ処方の実際とリスク管理は?
 誤嚥性肺炎を発症した場合は,栄養療法から肺のドレナージの改善,軽度のベッドアップが中心となる.一方,誤嚥性肺炎を発症しやすい脳梗塞,腹部術後,呼吸不全例などには,早期からの呼吸リハが重要となる.
Q4. 効果判定は?
 誤嚥性肺炎の予防とともに,経過観察において栄養状態の改善,生活の質のスコアを確認する.



開胸・開腹術後
 辻 哲也
 Key Words:インセンティブ・スパイロメトリー 腹式呼吸 呼気介助法 体位排痰法 下側(荷重側)肺障害

内容のポイントQ&A
Q1. 病態とリハ上の目的は?
 患者の不動化により生じる下側(荷重側)肺障害(dependent lung disease;DLD)の発生を未然に防ぐこと,および開胸・開腹術の手術侵襲による術後の呼吸器合併症を予防し,肺胞換気を維持・改善し,早期離床を図ること.
Q2. 評価のポイントは?
 リスク管理のためには,術前評価により術前の状態を把握する必要がある.術後は全身状態,呼吸状態,心肺系の検査所見,手術内容についての評価を行う.
Q3. リハ処方の実際とリスク管理は?
 術前には,患者へのオリエンテーションと呼吸法訓練(腹式呼吸とインセンティブ・スパイロメトリー(Incentive spirometry;IS)),咳嗽の練習,胸郭伸長運動を実施する.術後はターニング(体位変換の繰り返し),リラクセーション,呼吸介助法,腹式呼吸,痰の自己喀出の促進,IS,痰の喀出困難時の修正した体位と呼気介助法(squeezing)の組み合わせを行い,早期離床を図る.排痰補助器具も適宜用いる.
Q4. 効果判定は?
 術後の呼吸器合併症の有無と臥床期間,歩行可能となるまでの期間,あるいは在院日数で評価する.開胸・開復術後の経時的な活動性やフィットネス面の評価,訓練効果についても検討していく必要がある.
Q5. 症例紹介では(1日のリハ実施回数,時間,いつまでリハを行ったか)?
 食道癌患者に対して,術前後の包括的な呼吸理学療法を実践した.PT訓練は最大2回/日で1回20分施行した.1日数回,休日も行うことが理想であろうが,現実的には困難であるため,ICU看護師と十分な協力体制をとって訓練を行った.呼吸状態が安定した後でも,活動性が十分に上がらないことが多く,フィットネスレベルの低下も予想されることから,早期退院を目指して,独歩可能となった後も退院までリコンディデョニング目的で訓練を行った.



頸髄損傷
 時岡孝光
 Key Words:頸髄損傷 呼吸リハビリテーション 排痰手技

内容のポイントQ&A
Q1. 病態とリハ上の問題点は?
 頸髄損傷では呼吸筋麻痺による換気不全,交感神経の遮断による気道分泌亢進,気道狭窄,肺血流量の低下などから生じる低酸素血症が問題となる.また他の呼吸器疾患とは異なり,腹筋群の麻痺を補うため,排痰介助のときには呼気にあわせて強力に腹部を圧迫しなければならない.
Q2. 評価のポイントは?
 頸髄損傷の呼吸障害は全身状態すべてに関連するため,全身を短時間に診察する必要がある.とりわけ人工呼吸の適応については,臨床症状および動脈血ガス分析によって緊急に判断することが求められる.
Q3. リハ処方の実際とリスク管理は?
 肺の換気能力を維持し,呼気・咳漱を介助して排痰を促し,肺合併症を予防する.長期的には胸郭拘縮を予防し,効果的な呼吸法を指導する.肺塞栓の合併は致死的な低酸素血症を引き起こす可能性があるので注意を要する.
Q4. 効果判定は?
 聴診,動脈血ガス分析,パルスオキシメーター,胸部X線,CTなどとともに,意識状態,疲労感,呼吸困難感などの自覚症状も参考にする.



ギラン・バレー症候群
 加藤修一・笠原良雄
 Key Words:ギラン・バレー症候群 脱髄 人工呼吸器 呼吸リハビリテーション

内容のポイントQ&A
Q1. 病態とリハ上の問題点は?
 ギラン・バレー症候群は,細菌やウィルスの先行感染に続いて起こる末梢神経の脱髄疾患で,運動麻痺を起こす.体幹の呼吸筋を支配する末梢神経が障害されると低換気症状を呈し,人工呼吸器管理を要する.
Q2. 評価のポイントは?
 末梢神経伝導検査,髄液検査を行う.呼吸機能については,肺活量測定などの呼吸機能検査とモニター,動脈血液ガス分析,酸素飽和度モニターを行う.
Q3. リハ処方の実際とリスク管理は?
 人工呼吸からのウィーニングの促進,気道内分泌の除去,換気と酸素化の改善,呼吸困難の軽減などが目的となる.体位排痰法やスクウィージングなど急性期からの呼吸リハを積極的に行い,人工呼吸器の離脱と自発呼吸への回復を目指す.換気量が少ないときには,呼吸リハによる疲労に注意する.
Q4. 効果判定は?
 呼吸・循環系のモニターをしながら,酸素分圧,二酸化炭素分圧,換気量をみるのが簡便である.